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日本の歴史遺産・咸臨丸の交流の輪を広げましょう!!
咸臨丸ゆかりの地域交流
咸臨丸は、1857年オランダで建造され、1871年木古内町サラキ岬で終焉を迎えるまで
幕末維新という激動の時代のなかで栄光と悲劇の14年の歩みを残しました。
その間、誕生のオランダをはじめとして、日本海軍発祥の地の長崎、
太平洋横断時の浦賀やサンフランシスコ、日本国の防備と調査を行った小笠原諸島や対馬列島、
咸臨丸最後の歴史の舞台となった宮城県白石市、木古内、札幌白石区、
そして咸臨丸に関わる人々とゆかりのある塩飽諸島や土佐清水など、
日本のみならず世界を舞台として活躍しました。
各地域は今もなお咸臨丸の歴史と深い関わりをもち、
まちづくりを通して、咸臨丸の歴史を広く後世に伝えています。
本会は各地域と咸臨丸の歴史や文化を通して交流を深めています。
オランダ | 嘉永6年(1853年)のペリー艦隊が浦賀沖に現れて以来、幕府は海軍力の増強を余儀なくされ、唯一の友好国であったオランダに軍艦を発注する。その一つが日本初の軍艦・咸臨丸である。十二門の大砲を備えた蒸気機関の咸臨丸は当時としては幕府の将来を支える要でもあった。 |
長崎市 | 安政4年(1857年)3月、完成した咸臨丸はオランダのヘレフートスライス軍港を出港し、8月長崎の出島に投錨した。安政5年(1858年)、咸臨丸は海軍伝習所の伝習生を乗せ、述べ5回にわたり、帆や大砲の操作などの乗船実習を行った。 |
横須賀市浦賀 | 安政7年(1860年)1月、咸臨丸は日米修好通商条約批准書交換のために、浦賀を出港し、37日間の苦難の航海の後、サンフランシスコに到着する。異国の驚異的な文明に感銘を受け、帰りは日本人のみでホノルルを経由して46日間の航海をへて5月5日に浦賀に投錨する。 |
サンフランシスコ | 浦賀を出港した咸臨丸の航海は暴風雨もあいまって苦難の連続であったが、グルック大尉等の米兵の協力もあって無事サンフランシスコに到着。サンフランシスコでは大歓迎を受けたが、勝海舟や福沢諭吉らは当時の米国の文明技術の高さに驚くとともに、その見聞はその後の日本の近代化に大きな役割を果たした。 |
静岡市清水区 | 慶応4年(1868年)8月、幕府の姿勢に異を唱えた榎本艦隊の咸臨丸は、箱館に向かったが、暴風雨に見舞われ漂流し清水港へ避難した際、新政府軍に襲撃され、その多くが死傷した。死亡した乗組員は、任侠の清水の次郎長の篤き思いによって手厚く葬られたという。 |
土佐清水市 | 土佐清水に生まれたジョン万次郎は、天保2年(1841年)、14歳の時、出漁中に漂流し、アメリカの捕鯨船に救出された。船長にその才能を認められ勉学に励み、11年後に土佐へ帰った。その後、万次郎は翻訳や航海術の才覚により、咸臨丸渡米時の通訳として活躍した。東大の前身である開成学校教授も勤めた。 |
小笠原村 | 文久元年(18627年)12月、咸臨丸は小笠原諸島が日本固有の領土であることを諸外国に宣言し、その領有権を調査するために品川を出港した。約4ケ月の調査活動を終え翌年3月に帰港した。 |
塩飽諸島 (丸亀・坂出・多度津) |
太平洋横断時の咸臨丸乗組員107名のうち、水夫は50名であった。その多くが塩飽出身であった。塩飽諸島は、岡山県と香川県にはさまれた西備讃瀬戸に浮かぶ大小28の島々からなり、戦国時代には塩飽水軍が活躍し、江戸時代には人名による自治が行われた。 |
宮城県白石市 | 明治4年9月、戊辰戦争に敗れた仙台藩白石片倉小十郎家臣団401名は、蝦夷地(北海道)に移住することを余儀なくされ、咸臨丸に乗って仙台寒風沢を出港する。武士の身分は剥奪されたが、刀を持つことだけは許されたという。この片倉一族が咸臨丸最後の乗船者となる。 |
札幌市白石区 | 咸臨丸最後の乗船者となった片倉一族は、一命をとりとめ、後発の船で小樽に到着し、開拓地となる石狩へ向かった。季節は真冬、病死する者もあったが、苦難の末にようやくたどり着き、苦渋の時代を乗り越えて今日の白石の礎を作り上げた。 |
木古内町 | 明治4年(1871年)9月20日函館を小樽に向かって出港したが、間もなくして何故か失速し、次第に木古内町サラキ岬の海岸に寄せられ、岩礁に乗り上げて座礁する。乗船者は全員現地(泉沢)の人々によって救助されたが、船体は数日後に海に沈み、咸臨丸は終焉を迎えた。 |
咸臨丸子孫の会 | 咸臨丸の太平洋横断時の乗組員の子孫の方々、咸臨丸の歴史や文化に関する研究者等の方々のグローバルな連携組織。咸臨丸の偉業を広く正しく後世に語り継ぐとともにその意味するところを今日の社会に役立てようと活動しています。1994年設立。 |
これまでの交流経過
咸臨丸とサラキ岬に夢みる会が、国土交通省『手づくり郷土賞』受賞
詳細は・・・・・・ 国土交通省サイト 北海道開発局サイト マスコミ報道
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